築90年、小屋付き平屋建ての「劇場」が、そこにあった。
2018年、足立区での空き家利活用プロジェクトにて築90年の古民家を借りることになり、
実際に暮らしながら様々なワークショップやダンス公演、イベントが催されてきた「家劇場」。
その家劇場の家主が、緒方彩乃さんだ。
2023年6月末、家劇場は老朽化の理由から終了となる。
筆者は、2023年3月、最終ダンス公演「家と暮らせば」にお邪魔し、お話をお伺いすることができた。
この5年間、”家主”の緒方さんが見てきた、日常と非日常の日々はどんな世界だったのか。
全3章にわたるロングインタビューで、その一端をお伝えしたい。
「家事(いえのこと)をする、という感覚で劇場を開く」 東京都足立区北千住。築90年、小屋付き平屋建ての「劇場」が、そこにあった。 2018年、足立区での空き家利活用プロジェクト[…]
「一体的な空間の中に”境界”が生まれれば、作品になる」ーーコロナ禍で生まれた、家劇場オリジナル公演「家と暮らせば」誕生のきっかけ
ーーコロナ禍ではなかなかイベントも難しかったのでは?
緒方:
そうですね。みんなで机を囲みながらとか、食べながらというイベントが多かったので、そういうことは控えていかねばなと。
それで、何しようかなと考えたんです。
ただ、この活動で生計を立てているわけでもなかったすし、その都度、季節や家の状態・マイブームなどから考えて企画していたので、今はこれだなと、棚作ったり、家の整備したりとかして過ごしていました。
その合間に、少人数ならいいかなと思って、開放日というか、フリースペースみたいにして、「私がいる日は作業したい人来ていいよ」という、距離感持って場所を共有する日をつくりました。
ーー最初のころのような、人を集めて何かをやるということはできなくなってしまいましたもんね。
緒方:
だからこそ、逆に劇場形式で使っていこうと、その時思ったんです。
この家の大きさなら、たくさんのお客さんが一度に入るわけでもない。それに、お客さんに鑑賞してもらう形式なら、主催側とお客さんや、お客さん同士が喋ったり接触することも少ない。
なので、世間的には公演が難しい状況ではありましたが、家劇場としてはむしろリスクを最小限にイベントができると思ったんです。
ーーなるほど、確かにそうですね。
緒方:
マルシェやワークショップ形式のイベントが多かった家劇場ですが、家劇場で公演がやりたいっていう気持ちが元々あったのもあります。
この機会であれば、じっくりと作品づくりができて、公演もできるなと思ったんです。
その時に考えたのが、ダンス公演の「家と暮らせば」でした。
実は、公演形式のヒントになったのが、「お化け屋敷」の企画だったんです。
ーーそうなんですか!?
緒方:
家劇場のお化け屋敷は、家のなかは無人で、お客さん1組だけ入って、帰るまでずっとその1組のみだけなんですよ。それで30分経ったら終わりを伝えて終了、みたいな感じなんですね。
その間は、正方形の付箋紙とかで様々な案内をするんです。冷蔵庫に「開けていいよ」と書いた付箋を貼って、冷蔵庫をパッと開けたら飲み物が入ってて「飲んでいいよ」と書いた付箋が貼られてる、みたいな。
受動的な体験ではなく能動的に怖がりながらも家を感じられる、知ることができる機会になったらなというお化け屋敷でした。
同じようなイメージで、お客さんに入ってきてもらって、パフォーマーを覗きにきた、ような感じで始まる形なら、お客さんを入れて開演するまでの流れは、1人でもできるなと思いました。
あとは「パフォーマーが同じ部屋にいるけど、境界がある」みたいな空間を作れれば、公演として成立するなぁと思ったんです。
ーーまさかお化け屋敷の企画が「家と暮らせば」につながるとは思ってませんでした。
緒方:
あとは、自分の家だからいつでも使えるのもメリットでした。会場費もかからないし、お客さんも一度にそこまで多くは入らない空間だし。
最初は1回あたりの定員が5人・6人から始めたんですけど、その代わりに公演回数を多くすれば、多くの方に観てもらえると思えたんです。その点でも、自分の家だからやりやすかったですね。
「同じものを見ても、その時々で見える違いを感じるきっかけに」ーー「家と暮らせば」が、毎日・毎年公演であったことの意味
緒方:
「あとはもう作品だな」と。作品をつくるにあたっては、日頃お世話になっているダンサーで振付家の中村蓉さんに演出をお願いしました。
「私、ここで1ヶ月公演をやりたいんです。演者から舞台転換まで、全部1人でできる形で作ってほしい。日常の生活とちょっと地続きな作品にしてほしいんです」っていう形でお願いしました。
振付も、実は全部、蓉さんに作ってもらっています。
ーーそれで、家の中にある平均台や階段、木箱とかを使った作品になったと。
緒方:
実は、劇中で使っている平均台や階段とかは、そもそも私がコロナ禍で引きこもっている時に勝手に作ってたものだったんですよ。
「こういう家だったらいいな」みたいな感じで。舞台用に作ったやつじゃないんですよね。
ーーなるほど!もともと本当に日常的に使おうと思ってたものだったんですね。
緒方:
蓉さんに「こういうものもあるけど、使わなくてもいいです」って言いながら見せたものも、結局全部使う形にしていただけたんです。
もともとは本棚用に作ってた道具も、枠のような形になっているので、蓉さんに、「それ、入れる?」って言われて試してみたら本当に入れたりとかして(笑)
そんなやり取りの中でつくっていってもらいましたね。
ーーそういった部分含めて、ある意味本当に日常が作品に繋がっているような印象を受けますね
緒方:
そうですね、稽古がここでできるのも良かったと思ってます。
作品づくりって、稽古場を借りて創作し、劇場公演の数日前に小屋入りする(実際の舞台上で稽古などを行うこと)という形式が多いと思うんですけど、
家劇場だと、実際の舞台でずっと作れるんですよね。常に小屋入りみたいな(笑)
ここでずっと2人で試しては稽古してっていうかたちでやってたので、めちゃくちゃ贅沢だなって思いながらやってました。
本番も、毎週水曜日から日曜日の週5で、しかも土日は2回公演にしてたので、1ヶ月で30回くらい公演があるんです。
1公演の定員が5〜6人でも、全部で150人くらい来てくれることになる。
この空間で、しかも1人公演で150人も来てくれたら「もうソロ公演としてめちゃくちゃ凄いじゃん!」って。
ーー確かにほぼ毎日公演ってのが本当すごいなと思いました。
緒方:
最初は大変なんですけどね(笑)続けることに意味があるかなって思って。
この「家と暮らせば」という作品も、今回の公演で3回目になりますけど、内容はほとんど変わらないんですよ。多少の変化はあるにしても、振り付けとか構成は全部変わらない。
毎年同じものをやることによって、お客さんにはその時その時で違う見え方がするのを感じてもらえたらなって思って。
この作品を3年目、4年目、5年目…と、毎年の風物詩として見せられたらな、みたいな気持ちはありました。
「私の家なのに、私以上に伸び伸びしてる様子が”良いな”と思った」ーー”お貸し出し”から生まれた物語
ーー今回の公演で新しく登場した演出もありましたね。テレビとかはまさにその一つかなと。
緒方:
今年で家劇場が終わるってわかって、まず「最後にこの公演はやろう」ってことは一番最初に決めてました。
これまでの家劇場は、どんなに頑張っても3ヶ月に1つくらいしか企画を実行するのは難しかったのですが、最後ですし、それだけじゃ勿体無いので、毎日を埋められるように「貸し出ししよう」って思ったんです。
そこで、1,010円でお貸し出し祭りというのを始めました。
「貸し出しますよ」ということをちゃんとした企画にしたのは今回が初めてだったんですね。
そこに参加してくださった方の1人が、照明家の植村真さんでした。
解体が決定したご実家の、家の記憶を丁寧に小物や灯りでみせていく展示をしてくださったんです。その雰囲気がめっちゃ良くて。
その方にお願いして小物や技術を貸していただいたんです。
ーーそうだったんですね!お貸し出しがきっかけで生まれた縁が、ご自身の作品にもつながっているというのはとても素敵ですね。
緒方:
お貸し出し祭りを通して、知り合いになれた人が増えたのも嬉しかったですね。
他にも私が好きだなと思ったのは、女子高生のみなさんがハロウィンパーティーやりたいって使ってくれたことがあったんですよね。友達4人で来てくれて。
それで、私がそこにいるの忍びないから一旦出て行ってしばらくして戻ってきたら、みんな漫画読んでゴロゴロしてるんですよ(笑)
「私の家なのに、私以上にのびのびしてる」っていうその様子が、すごく良いなーって思って、印象に残ってますね。
あとは漫画家の方にも借りていただいたこともありました。「篭って原稿を書きたいから」とのことで借りてくださいました。
家の雰囲気も好印象だったみたいで、「史料として写真撮っても良いですか」とか、集中して作業できましたとか言ってくださったりしましたね。
使ってくれたことで、家劇場に愛着を持ってくれる人も増えたし、最後の公演を見に来てくれる人もたくさんいたし、そういうつながりができたのはすごくよかったなと思っています。
「同じ間取りでも、使い方が違うことが面白い」ーー貸し出しから生まれた企画「”めぞん”な家劇場」
ーー先ほどの話の中では、「この家劇場は、もともと貸し出すことは想定してなかった」というお話もありましたよね。
緒方:
そうですね。あくまでも「ここは私の場所である」ということは、お貸し出し祭りをしていても変わらず大事にしてました。
だからこそ、他の方が使うことで、途端にここがその人の家になったように感じるんですよね。
多分、普段から住んで、管理している私だからこそ覚える感覚なのかもしれません。
子どものころ、団地に住んでいたんですけど、たまに隣の人が出てくるタイミングとかで、家の中がチラッと見える時があったんです。
その時に、「うちと同じ間取りで、素材とかも一緒なのに、全然家の使い方が違うな」って思うことがあって。その感覚がすごく好きで。
この感覚が私にしかわからないのはもったいないと思って、他の人とも共有できるようなことがしたいと思ったんです。
そこから考えて、「“めぞん”な家劇場」という企画を考えました。
緒方:
“めぞん”な家劇場は、「もしも家劇場が集合住宅だったら」というコンセプトで、「同じ部屋でも使う人によって違う家に変わる」ことの面白さを感じてほしかったという思いがありました。
場所としてはどうしても、それぞれが使ったり見に来たときの企画による使われ方や、雰囲気の家劇場しか体験することができませんが、別の方の企画や、私の作品を見てもらうと、当たり前ですが全然違う使い方をしていて、比べる体験から、場所としての面白さも感じて欲しいなと考えていました。
「その人の作品を介してコミュニケーションを取る」ーーほどよい距離感から生まれる心地よいつながり
ーーこういう古民家って、みんなで運営したり利用したりする、という活用法もあると思うんですけど、そうしなかった意図はありますか?
緒方:
私がそうしなかったのは、単純に好みでもあるんですけど、とにかく私が楽しく過ごすための場所なので。(笑)
私自身、楽しく飲んだり話したりして生まれるコミュニケーションをするのがあんまり得意じゃないこともあったので、もっと違うかたちでいろんな方と関わることが出来たらなというのがあったんです。
そのなかで経験できたのが、そのなかで経験できたのが、「その人の作品を介してコミュニケーションを取る」という関係性でした。
家劇場を使ってもらうと、その人がやりたいことが空間に溢れてるわけじゃないですか。その人が伝えたい思い、アウトプットされているものがダイレクトに見えるわけで。
それを見たときに「何でこういう活動されてるんですか、このように表現されたんですか。」って聞きたくなって、すごく興味を持つんです。
そういうところをフックに人と関われる、そんな距離感が私は好きだなと思ったんです。
逆に、私の活動を見に来てもらうことで、そこで話し合ったり交流したりできる関係もすごい心地よいなと思いました。訪問者同士にもそれが生まれていたりして。そんな空間がこの家では作られたらいいなっていうのがあったんですよね。
お貸出し祭りではそれが顕著に表れたのが良かったなと思っています。
ここを拠点に、何か目的を持っていろんな方と活動できるコミュニティの場とか、それとも違う、人との関わり方みたいなものが形成できて良かったなと思っています。
家劇場でのオリジナル公演「家と暮らせば」や、様々な人と家劇場を通してつながるきっかけとなったお貸し出し祭り。
シェアハウスなどとはまた異なる、自分の家を人が使うなどのような、「家の住人とそこに訪れる人々」の関係性だからこそ生まれる面白さがあるのかもしれない。
また、その関係性から生まれた縁が、緒方さん自身の作品にも影響を与える形で、ゆるやかにつながっている。
空間や作品を通して人と人とがつながる、でもそこにはいい意味での心地よい距離感があって、それが家劇場で人とつながることの魅力なのだろう。
次回、最終回では、家劇場のこれからについて、また緒方さん自身のこれからにも迫っていく。